この漠然とした不安の正体を暴きたい。そのために、客観的視点を持つ自分を建ててそいつと壁打ちしてみよう。
客観的自分(以下客)「まず不安を時間軸で捉えてみよう。過去現在未来どこに不安が?」
主観的自分(以下主)「現在だったり未来かな。」
客「過去に対しては何も?」
主「過去は終わったこと。でも思い出して落ち込むことはある。」
客「具体的には?」
主「10代の頃はいじめられてきたし、20代の頃は嫌な上司に散々いびられてきたし、30代は仕事でそれなりに実績を上げてそれなりな立場にもなったけど対人で神経すり減らしてきたし、40代は自分が人の期待に応えられていないんじゃないかっていう葛藤もあったり。」
客「原因は何だと思う?」
主「僕はHSPというとても繊細な性格なんだ。全ての原因はそこ。これは変えようがない。」
客「なるほど。その過去の経験が現在や未来への不安に影響している可能性は?」
主「それはあると思う。」
客「具体的にどう影響している?」
主「過去の経験をまた繰り返すんじゃないかって。」
客「過去の経験がトラウマになっていると。」
主「そういうことかな。でも過去は変えられないしこの性格も変えられない。」
客「逆に変えられることがあるとしたら?」
主「環境とか社会的人格かな。環境は職場とかのコミュニティのことで、社会的人格は社会的に演じる自分。」
客「変えてみたら?」
主「どちらを変えるのも負担が大きい。社会的人格は既に変えてるつもりだけど毎日本当にしんどい。強い自分を演じることに疲弊する。職場を変えるのは簡単な話じゃない。」
客「つまり半永久的にそのトラウマに苦しめられるんじゃないかっていう恐怖からくる不安?」
主「それはあると思う。でもそれだけじゃない気もするし。」
つづく
幼少期の記憶
幼稚園に入る前だから3歳くらいの頃、母親のママ友の家に一緒に連れて行かれた。そこにはママ友が数人いて、子供達は2階で遊ぶよう言われて2階の部屋に行った。僕以外の子供達はおもちゃを手にして仲良く遊ぶんだけど、僕は1人ぽつんと他の子供達が遊ぶ様子を眺めていた。その内の1人が僕におもちゃを差し出してきたけど、僕はそれを断った。その時の心情をなるべく正確に思い出すと、まずこの知らない子たちと一緒にいる空間にすごく戸惑っていた。早く帰りたいとしか考えていなかった。おもちゃを差し出してくれた時は内心うれしかったけど、どう関わればいいかわからなくて断ってしまった。本当に情けなくて消えてしまいたいと思いながら、その場でひたすら固まっていた。
