私がボクである頃の傷が教えてくれた私自身へーその2ー

私がボクである頃の傷が教えてくれた私自身への紹介文
『人は怖い。人は信じられない。人は欲しいだけ頼むし、面倒な事になると、理不尽な無責任くらわされ、いつも我慢。結局いっぱいいっぱいになって「失敗」できないからってボクの中の矛盾で常に臨戦態勢。』

「人って面倒くさい」を「人は怖い。人は信じられない。」に変更。興味がある相手だったりしても「びくびく」になってしまっていた過去を思い出した。
実はこのあたり非常に悩んでいる。客観的に落とし込みすぎると抑制され主観的に書くと自虐になる。
その後の文がスッキリしないので変更確定かな。
言いたいことは「無選択肢の選択の半強制のことを意図しない状況」になったら「それ君が選んだんだよね?」と。「やらないで放置」を選べば「なぜやらないんだ?」と。そういう状況かな。「人の考えることなんてわかりませんよ」と当たり前のことをいえば「生意気だ」「言う通りやってればいいんだ」とか逆ギレが多かったな。相談すれば面倒くさそうな顔で対応したり、逆ギレで「君に任せたんだから」というパターンもあったな。
言い換えるなら「理不尽な責任」の押し付け合いか。私が「お人好し」なんだな多分、もっと断っていいと。実社会ではそういうのを「甘え」だのいってくるやつも多いのを書き加えておく。
残念ながらお世辞にも「良い人」たちには「出会えなかった」んですね

「ボク」であった小学校高学年「連帯責任」教育にさらされました。2年間同じ教員でなかなか粘着質の質の悪い方といえてしまうかな。
(どうも今でも問題にはなっているようですが、巷で起きていることは他人事視点から言えばなんとも言えない)
自己責任にせよ連帯責任にせよ、まぁ、当事者(養育者や教師)の責任回避の問題であって、到底、賛同できるものじゃない。
ガナって押し付けるようにすべきでもないかと、大変な心の傷を追うことになりました。2年間ひたすら我慢で、びくびく、問題児認定されて何かというと吊るし上げられ、家に帰れば酒乱の父、正直、いる場所なかったです。自分の部屋が酒乱の饗宴開かれた眼の前でしたから。

内外ともに矛盾の中で臨戦態勢でとけなかったわけで・・・。

端から見たら、そんなこと「気にしてるの?」「考えすぎだよ、人は人だから」そう考えられない人間に育ったわけですかね。